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自宅結婚式の「床入りの式」に代わって登場

自宅結婚式の「床入りの式」に代わって登場するのは、新婚旅行における「初夜の心得」だ。きっと静かな離れでしょう。御新婚さんといえば、宿ではそれむきの部屋を用意していてくれます。(中略)二人だけ取りのこされて、ちょっと、間のわるい沈黙のときがくるものです。もし抱き寄せられたら、微笑をうかべてより添いなさい。おののく思いで、新郎の唇であなたの唇をふさぐでしょう。短いはじめての口づけ。それは言葉を越えた愛のしるしです。拒んではいけません。けじめは唇をかるく閉じたまま、新郎が情熱的になったら、徐々に花びらを開きます。(徳川尚之『媒妁人全書』一九六一年)これはいったいどういう種類の本なのだろうか。いやしかし、そこはいちおうマニュアルだから〈あなたがキスの経験者であっても、それが最初のように振舞うのが礼儀です〉。そうです、それが「礼儀」なのです。あとは風呂への誘い方(と答え方)、ベッドへの導き方(と答え方)、ベッドイン後のテクニック(このへん下手なナンパ読本よりよほどよくできている気がするが、もったいないので中身は教えてあげない)。占いはさすがに消えただろうと思いきや、それも本によっては残っていて、ただしその場合にはエクスキューズがつく。〈物事を否定する場合、わけも分らずに、それはご幣かつぎだ、迷信だ、といったのでは、説得力も薄い。一応それが、どんなものであるかを知っておくために、あえてここに列挙した〉(『冠婚葬祭事典』)と。結婚調査はすでに定番。ただし、表現はややソフトに〈家族や近親者のなかに、精神病者その他の遺伝しやすい病人がいるとか、過去にいたとかいった場合は、慎重に考えてかからねばならないでしょう〉(加藤順『結婚礼式のすべて』)。恥ずかしさという点では、この時代の冠婚葬祭マニュアルが一番だろう。古めかしい思想に彩られた性交渉や結婚観を、戦後民主主義的な言葉で綴っているから恥ずかしいの。まさしく「半分だけ民主主義」。がしかし、それも五〇年代末までの話。この後にやってくる高度経済成長の波にのって、日本人の冠婚葬祭文化は、急速に均質化、画一化への道をたどるのである。

各地域にある出産の儀式

群馬県藤岡・館林の両市では、出産の日が暦日のめぐり合わせで「天一天上」にあたっていたら、紙にわざわざ「この家産屋」と書いて四隅に貼った。この日は天一坊という悪人の生まれた日であり、忌みが強くかかることを恐れて凶日に位置づけた陰陽道の知識によっている。愛知県知多郡の日間賀島では、産室の窓には鎌と網布をかけて、産婦の枕許には刃物を置いて魔よけにした。これもまた、特別に悪霊よけをすることで出産時の危険をさけようとしている。三重県飯南郡では、産後七十五日をウブヤといって、そのあいだは神詣でをしない、家の主人も講や祭りの頭屋をつとめないというように、公的な場には出ないというタブーがあった。当時それだけ血穢を厳しくしていたのである。

「お客様をご案内して」と言われた

まず、受付でお客様の前に出たら、「いらっしゃいませ○○様」「○○様、お待ちしておりました」と言葉と笑顔でお迎えする。そして「こちらへどうぞ」「会議室にご案内いたします」などと、ご案内する方向をはっきりと手で示す。このとき、手のひら側をお客様に向けて5本の指を揃えて伸ばして指し示すと、美しいしぐさになる。ご案内中はお客様の斜め左前を3歩ほど先に立って歩く。このとき大切なのは、かならずお客様を視界に入れながら歩くこと。自分の右肩越しに後ろを確認しながら進む。ただし左側のほうが安全な場合は、自分が右斜め前を歩くこと。何よりも心がけるのはお客様の安全だ。歩調を合わせて進み、曲がり角や階段などでは声をかけ、手で方向を示す。後ろを見ずに、自分だけスタスタと歩いていかないように。